里見 介史(病理学教室・准教授)
神経細胞がグリオーマの進展・増殖を助ける
グリオーマは、周囲の正常な脳組織にしみ込むように広がる脳腫瘍です。近年、神経細胞とグリオーマ細胞の間にシナプス様の結合が形成され、神経細胞の活動がグリオーマ細胞に伝わることで、その進展・増殖を助けることが注目されています。このような神経細胞とグリオーマ細胞の結合は「ニューロン-グリオーマシナプス」と呼ばれています。しかしながら、逆に、グリオーマ細胞に囲まれた神経細胞自体がどのように変化するのかは十分に分かっていません。
グリオーマ浸潤部では神経細胞の遺伝子発現状態が変化する
本研究では、病理組織切片上で遺伝子発現を解析できる空間トランスクリプトーム解析(Xenium In Situ)を用いて、グリオーマ細胞や神経細胞が腫瘍内の位置によってどのような遺伝子発現状態を示すのかを調べました。その結果、グリオーマ細胞には複数の異なる細胞状態が存在し、POSTNを高く発現する集団と、TGFB2を含むTGF-β関連シグナルが目立つ集団が、空間的に異なる分布を示すことが分かりました。 さらに、グリオーマ細胞に囲まれた神経細胞では、腫瘍から離れた非浸潤部の神経細胞と比べて、IGFBP5という細胞外マトリックスの変化や線維化に関連する分子の発現が高いことが分かりました。
TGF-β関連シグナルが神経細胞の変化に関与するかもしれない
そこで免疫組織化学によりグリオーマ浸潤領域を調べたところ、神経細胞にTGF-β関連シグナルの活性化を示すpSMAD2陽性像が認められました。これらの所見から、グリオーマ浸潤部における神経細胞の状態変化に、TGF-β関連シグナルが関与している可能性が示唆されました。
本研究は単一症例を中心とした探索的検討ですが、「神経細胞がグリオーマに与える影響」だけでなく、「グリオーマが神経細胞に与える影響」という逆方向からも両者の相互作用を捉える、新たな研究の方向性を提示しました。
今後の展望
グリオーマを含むがん(悪性腫瘍)の診断には、顕微鏡で組織の形を観察する病理診断が欠かせません。私たちは「形態という書物は分子の言葉で書かれている」を一つの合言葉として、これからも形態学に根差した分子生物学的解析を通じて、がんの理解を深めていきたいと考えています。
空間トランスクリプトーム解析:
病理組織切片上で組織の形を保ったまま、どの細胞でどの遺伝子が発現しているかを可視化できる新しい解析法です。
グリオーマ(神経膠腫):
脳を構成するグリア系細胞の特徴を示す脳腫瘍の総称で、特に悪性度の高いグリオーマでは周囲の正常な脳組織に浸潤して広がる特徴があります。
免疫組織化学:
病理組織切片上で、抗原抗体反応を利用してタンパク質の局在を可視化する形態学的技術です。
pSMAD2(リン酸化SMAD2):
TGF-βからのシグナルを受けてリン酸化されるタンパク質で、TGF-β関連シグナルの活性化を評価する指標として用いられます。
| 発表雑誌: | Brain Pathology [ 2026 Sep 29:e70154 ] |
| 論文タイトル: | Spatial transcriptomic analysis of neurons at the glioma infiltration front: a case study |
| 筆 者: | Satomi K, Takami H, Onizuka H, Saito K, Yoshioka T, Nagane M, Suzuki Y, Ichimura K, Shibahara J
(里見介史,髙見浩数,鬼塚裕美,齊藤邦昭,義岡孝子,永根基雄,鈴木穣,市村幸一,柴原純二) |
| DOI: | 10.1111/bpa.70154 |
病理学教室の詳細はこちらをご覧下さい。
杏林学園広報室
広報室へのお問い合わせはこちらまで
Tel: 0422-44-0611