救急医学・医療は世界的に大きな転換期を迎えています。米国では、「外傷外科の黄金時代」を支えていた都市部の銃創や刺創等の外傷が減少し、社会的ニーズが縮小し、一方、わが国でも新臨床研修制度での救急必修化にともない、OSCEなどの成人教育の専門家が台頭し、従来の救急医はidentity crisisを起こしています。
これまでわが国の救急医学・医療を常に牽引していく役割を果たしてきたと自負しております杏林大学高度救命救急センターは、このように変貌する環境の中、次の目標を掲げて新たな挑戦に挑んでいます。
従来の初期、二次、三次という枠組みに戦略的再編を施し、「どこにもまねできない超高度先進救急医療」と、「どこもがまねしたがるER型救急医療」との二極化を図ります。
救急医療の社会医学的側面の認識を強め、地域の消防や医療機関、医師会、保健所との連携を強化し、ネットワーク化とポジショニングを図ります。
診療指針、クリニカルパスの導入とともに権限と責任の範囲、委譲関係を明確にし、診療の質に関する内部統制を確立します。
新臨床研修制度のなかで、ERで初期救急診療の基本的なトレーニングを施すのは、救急医学に課せられた責務ですが、指導者たる資質を兼ね備えたERの専門家はわが国には少ない。豊富な症例数を背景に、学生・研修医教育のみならず、ERにおける臨床教育の担い手(指導者)を養成し、全国に輩出したいと考えています。
臨床実習では机上で決して体感することができない、高度救命救急センターとして「最後の砦」を担う救急医の姿を目の当たりにしてもらうことが何よりの教材と確信しています。また、純粋に学問としての救急医学だけではなく、社会に対しての救急医療の提供体制の整備など様々な面で活動していることは他分野とは異なる魅力ある特色であり、そういった面も学んでもらいたいと考えております。
災害時の病院前救護活動であるDMATをはじめ、東京消防庁等の機関と共にシステム構築の画策や、国際的な大規模イベントの際の医療体制の構築など、救急医療の範囲は院内の診療行為に留まりません。当教室は先陣を切って社会に貢献できる新しい救急医療の形を常に模索しております。
救急医学が診療科としてのみならず、学問的にも認知され、地位を確立することが私たちの世代に課せられた課題です。高度救命救急センターの存在意義は、すでに確立された理論やガイドラインの忠実な遵守によりpreventable trauma deathを回避することにあらず。それを少しでも先に進めて、これまで救命し得なかった命を救うために果敢に挑戦することにあると心得ます。