代謝生化学教室は、基礎医学科目の代謝生化学の講義・実習(1年生対象)を担当しています。生命現象は「生成」と「分解」を通じた物質のやりとりと捉えられ、この一連の物質のやりとりの過程(すなわち代謝)の破綻はさまざまな異常や疾患の原因となります。例えば、代謝を担う遺伝子の異常は多様な先天性代謝疾患を引き起こす一方、飽食による栄養過多と運動不足によるエネルギー消費不足に起因した代謝バランスの破綻は、現代人に肥満や糖尿病、メタボリックシンドロームという重い代償を強いることとなります。「代謝生化学」は、生命現象を細胞、臓器、そして個体レベルで化学(科学)の言葉を用いて理解・説明する学問であり、基礎医学はもとより、学生諸君が臨床医学を学ぶ上でも大きな礎となる学問でもあります。研究面においては、分子遺伝学的アプローチを用いて遺伝子変異と疾患・健康の因果関係の解明を中心として取り組んでいます。
代謝生化学では通常の講義に加え、実習では実際の臨床検査の基礎となる実習技能を体験し、特論・特別講義ではとくに基礎医学から臨床医学への橋渡し的な側面をもつ代謝生化学の魅力をお伝えしたいと思います。
令和元年度に、地域の高等学校の生徒を対象として代謝生化学に関する体験講義と実習を行いました。
令和7年度より、代謝生化学教室では、分子遺伝学的・分子生物学的および生化学的アプローチを活用して、特に、ヒトの遺伝子変異と疾患との因果関係を明らかにすることを共通の目的として、研究を推進していきます。
近年、AlphaFoldをはじめとしたAIによるタンパク質構造予測や機能予測の進展により、ヒトの膨大な遺伝子変異の影響を網羅的に推定できるようになってきました。しかしながら、これらの予測結果が実際の個体レベルで疾患と因果関係を持つかどうかを明らかにするには、モデル生物を用いた実験的検証が不可欠です。
本教室では、ヒト疾患に関連する遺伝子変異をメダカやマウスに導入し、個体レベルでの表現型を解析することにより、データ上で統計学的に病的と予測された変異の意義を実証的に検証しています。特に、臨床遺伝学において診断や治療方針を判断するうえで課題となる意義不明の遺伝子変異に関して、その病的意義を明らかにする研究は、遺伝カウンセリングの精度向上にも貢献する研究として位置づけられます。また、疾患様表現型を示すモデル動物は、病態解明のみならず、創薬に向けた標的分子やバイオマーカー候補の探索にも応用可能であり、基礎から臨床応用への橋渡しを担う重要な研究基盤となっています。
苣田(ちさだ)はこれまで、がん、食欲調節、骨格筋量の制御に関わる遺伝子変異などとその表現型との因果関係を、メダカをモデル生物として用いることで実証してまいりました。田原は電子顕微鏡を用いた蛋白質の構造機能相関の解析を通じて病態関連分子の理解を深める研究を行っており、山本は代謝を制御する転写因子群の研究により、遺伝子発現調節異常と疾患との関連を明らかにしてきました。これらの知見と技術を融合することで、ヒト疾患に関連する遺伝子変異の解明に多角的かつ実証的なアプローチが可能となっています。
本教室は、さまざまな疾患領域を専門とする研究者とも連携することで、研究の幅と深さをともに広げながら、モデル動物を用いた基礎研究を通じて、前臨床・臨床応用に結びつく橋渡し研究を推進しています。現在の主な研究対象は、発症頻度が高く、生活習慣や遺伝的素因と深く関わる代謝性疾患(肥満、2型糖尿病など、いわゆるcommon metabolic diseases)に加え、発症頻度は低いものの、遺伝的素因との関連が強く示唆され、疫学研究だけでは解明が困難な希少疾患や未解明疾患も含まれます。