最新のがん治療
“ウイルス療法” で世界を牽引

がんの新しい治療法「免疫療法」が 2018 年のノーベル医学生理学賞を受賞しました。これに続くものとして注目を集めているのが「ウイルス療法」です。
福原 浩教授はこの「ウイルス療法」を転移のある前立腺がんに生かす研究に取り組んでいます。2022年に実用化に向けた臨床試験を開始した福原教授に話を聞きました。

福原 浩
(ふくはら ひろし)

1995 年 東京大学医学部卒業
2001年 米国ハーバード大学 MGH 病院 フェロー
2014年 東京大学医学部泌尿器科 准教授
2018年 杏林大学医学部泌尿器科 教授
日本遺伝子細胞治療学会 理事、日本泌尿器内視鏡学会 理事

ウイルスの特徴逆手に活用

 がんの治療方法は主に、「手術療法」、「放射線治療」、「薬物治療」、「免疫療法」の4種類があります。そして第5の新しい治療法として注目を集めているのが「ウイルス療法」です。
 ウイルスは、生物に感染して増殖することで、人体になんらかの症状を引き起こすもので、いま世界を席捲している新型コロナウイルスをはじめ、天然痘など一般の人たちに良いイメージはありません。しかし、“ 寄生して増殖する ” ウイルスの特徴を逆手に取ったウイルス療法は、放射線や抗がん剤では死滅させることのできない、大元のがん幹細胞まで退治することができ、がんの再発防止性が高く、肺がんや大腸がん などあらゆるがんに有効とされる画期的な治療法と言われています。
 ウイルス療法の研究自体は、1950年頃から世界で行われてきましたが、技術的な理由から進展していませんでした。福原教授は、2001年にハーバード大学マサチューセッツ総合病院に研究留学をした際、ウイルス療法に取り組む医師と出会ったことから、その理論を応用して研究を進めてきました。  

 

がんのウイルス療法

 

 寄生して増殖するというウイルスの特性に注目したウイルス療法は、まず「がん細胞だけを攻撃するウイルス」をがん細胞に注入し(図赤色)、その細胞が増殖していくことで、がん細胞を次々と死滅させていきます(図茶色)。一方、正常な細胞(図黄色)は傷つくことはありません。

世界に先駆け臨床試験を実現

 研究が進展するきっかけは、前籍の東京大学で医科学研究所の研究チームが、口の周りにプツプツと小さな水 ぶくれを起こすヘルペスのウイルスを遺伝子改変することでがん細胞のみを攻撃できる「G47Δ(デルタ)」を開発したことです。このウイルスを応用して、福原教授は前立腺がんの治療研究に取り組み、2013 年には世界に先駆けて臨床試験に着手しました。
 年々患者数が増加傾向にある前立腺がんは、現在、年間の罹患者数が約 9.1 万人、男性の疾患で第 1 位の病気です。しかし、比較的早期発見が可能で、治癒率は非常に高いがんでもあります。一方で、転移のある場合には予後が悪く、がん転移により死亡する人は年間約 1.2 万人います。
 転移のある前立腺がんはホルモン療法を行っても1年後には半数で再発し、抗がん剤治療に切り替えても延命効果しかなく、最終的には死に至ります。そのため、ウイルス療法などこの現状を打開する新しい治療法が期待されています。

がん根治を胸に 扉を叩き続ける

 泌尿器科の開業医であった父の背中を見て育った福原教授は、「がんで亡くなる人を根絶したい」と熱い想いを抱き、年々経験とともに執刀件数が増す中でも絶え間なく研究を続けてきました。
 G47Δウイルスを用いた研究では、ウイルスをシャーレ上でがん細胞に注入し、効果が得られる量などを測定したり、マウスを用いて効果測定を行ったりするなどの試行錯誤を約10年にわたり繰り返しました。この間、歩みを止めることはなかったと言います。「ただ、目の前の実験に取り組むだけ。結果がそぐわなかったら、違う実験を行えばいい」と、淡々と話します。
 一方、このウイルスを用いた研究は国内外で前例がないため、厚生労働省に臨床試験の申請を行う際にも困難の連続だったと言います。「障害があることは、未知の領域に踏み出している証。困難があるほど、自分が邁進する研究の方向は間違っていない」と確信に近い思いが湧き上がったと言います。

実用化を目前にして

 東京大学の研究チームにより、治癒が難しい脳腫瘍のひとつである悪性神経膠腫のための治療薬として、G47Δウイルスが2021年6月に厚生労働省から承認されました。
 福原教授のチームによる転移のある前立腺がんの新治療法は、この2022年3月から第2相(2段階目)の臨床試験が開始されました。そして投与1年後には、臨床試験の効果に関する評価が行われます。転移のある前立腺がんで同様の評価を得ることができれば、治療薬の実用化に向けた生産の段階となります。25年以上にわたりがんの治療法を探し続けた研究が実りつつある現在の状況を、「やっとスタート地点に立つことができた心境」だと、福原教授は気持ちをさらに引き締めています。

教授室に飾っている
思い出のボールと

学生時代

「スポーツは人生の宝もの」

高校では個人競技の陸上(短距離)に熱中していた福原教授は、チームで取り組む術も学ぼうと大学ではアメフト部に入部しました。スポーツを通じた出会いも多かったそうです。当時のチームメイトには、脳神経外科学 中冨浩文教授や消化器・一般外科学 阪本良弘教授がいました。ちなみに、皮膚科学 大山 学教授やリハビリテーション科 山田 深教授はライバル校の選手でした。

学生へのメッセージ

「能動的に動き、知識を得て」

子どもの頃から大人や”偉い人”の言うことを鵜呑みにはしませんでした。大学で教授が行う講義であっても頭から信じこまず、自分できちんと調べ、納得したことを知識として身につけていきました。学生の皆さんにも、自分で調べて、考えることの大切さをお伝えします。