統合生理学教室は、建学当初第一生理学教室として発足、2004年4月より現在の名称となりました。名称の由来は、細胞レベルの情報処理が統合されて個体レベルの機能が発現するまで、そのメカニズムを総合的に理解したい(してもらいたい)という、私たちの理念に基づいています。統合生理学教室では発足当初より、主に神経生理学の教育・研究を行ってきました。現在の研究テーマは、運動機能改善、身体認知、痛み・痒みの知覚などの神経機構の解析です。このため、当教室では細胞レベル(パッチクランプ、免疫組織染色)の実験から、被験者による実験(筋電図、脳波、経頭蓋磁気刺激、行動解析、心理実験、脳イメージング)までの手法を総合的に用いています。また現在杏林大学整形外科学教室と共同して、生理学的な知見を元にした検査法やリハビリテーション法の開発など、研究成果の臨床応用も始めています。
統合生理学教室では教育活動として、医学部第2学年の生理学講義を担当しています。医学部の講義内容は神経生理学と循環生理学で、講義の目標は人間の身体が正常に機能するための仕組みを理解してもらうことです。このために細胞の働き、細胞同士の相互作用、それらが合わさった人間の個体レベルでの働きを理解してもらうことを目指しています。例えば神経生理学では、興奮性膜、イオンチャンネル、シナプスなど神経細胞の情報伝達の基礎から、神経系による感覚機能、運動機能、高次脳機能(記憶、認知など)までを系統的に講義しています。また実習では神経の興奮伝導、筋電図、心電図、脳波、視野計測を行い、講義内容を実験で確かめ、更に生理学検査の基礎が理解できるようになっています。
統合生理学教室では、日本神経科学学会、日本生理学会、北米神経科学学会(SfN)に参加、成果発表を行っています。また学会主催のシンポジウムや研究会などに講師として参加、成果を紹介しています。高校生向けに、神経科学実験を行う活動も行ってきました。
私達が運動を行うためには、脳からの運動指令が脊髄に届く必要があります。このための一番有名な経路が、錐体路と呼ばれる経路です。しかし、圧迫や外傷により錐体路が傷害されることがあり、運動機能低下や麻痺が引き起こされます。一方動物実験(サル)では、脊髄で錐体路が傷害されても、介在ニューロンを介する経路が残っていれば、その後の運動回復が起こることが示されています。しかしながら、錐体路の発達した人間では、介在ニューロンの神経結合が比較的”弱い”と考えられています。そこで私達は、人工的に介在ニューロンの効率を高めることができれば効果的な運動回復が可能ではないかと考え、研究を行っています。このため、運動解析、筋電図、経頭蓋磁気刺激などの手法を用いて研究を行っています。このプロジェクトは、杏林大学整形外科学教室と共同で行っています。
私達が上手に運動を行うためには、自分の身体を自分のものであると感じ(身体所有感)、運動を行ったのは自分自身であると感じる(運動主体感)必要があります。健康な人にとってはこれらは当たり前のことですが。しかし、脳卒中後の身体パラフレニアや四肢切断後の幻肢痛など、様々な病気でこれら身体認知は障害され、その後の回復が上手くいかなくなることがあります。身体認知はその神経機構自体が、まだ不明な点が多い領域です。そこで私達は、身体認知の神経機構を脳科学で理解し、その知見に基づいた新しいニューロリハビリテーションを開発する研究を行っています。本プロジェクトでは、多チャンネル脳波や経頭蓋磁気刺激、virtual realityの技術を用い、身体認知の神経メカニズムの解明を目指しています。
痛みや痒みを伝える末梢神経は、多種類に分化しています。これらの神経は、雑多な刺激(つねる、熱、発痛物質など)をどのように感知して信号化するのかについては、まだ不明な点が多くあります。この疑問に答えるため、独自に開発した「感覚神経 In Vivoパッチクランプ法」を用いて、感覚刺激が電気信号へと符号化される機構を解析しています。この研究により、痛みや痒みを抑える新しい薬剤の開発が期待されます。