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Faculty of Medicine脊髄の障害部位をバイパスする神経回路の賦活による運動機能回復法の実現に向けて大きな一歩

中島 剛(統合生理学教室、講師)
大木 紫(統合生理学教室、教授)

研究のハイライト
  • 脊髄介在ニューロンが脊髄の障害部位をバイパスする経路(間接的皮質-脊髄路)が、ヒトにも存在することを初めて示した。
  • 運動野、筋感覚、平衡感覚刺激を組み合わせることによってこのバイパス経路を賦活することに成功した。
  • バイパス経路の賦活により、脊髄障害後の運動機能回復への道が開けた。

概要

私たちが手足の運動を行う際、脳からの運動指令が脊髄運動ニューロンに届くことが必要です。この指令を伝達する、いわば”電線”のような役割を持つのが、運動下行路です。運動下行路にはいくつかの経路が含まれますが、その代表は錐体路と呼ばれる経路です。事故や疾病(脊髄損傷や頚髄症等)により錐体路が傷害されると、手の運動や歩行運動が障害されます。一方、最近の動物実験(サル)の結果では、首付近で錐体路が障害されても、脊髄介在ニューロンを介する間接路が代償し、手指の運動機能が回復することが報告されました(Isa, Ohki et al., 2007)。しかし、手指運動機能の発達したヒトでは間接路が退化していると考える研究者もおり、この経路を利用した運動機能回復法のヒトへの応用はされていません。

この背景のもと、我々は、”間接路はヒトにも存在する”ことを最近報告しました(Nakajima et al., 2017)。ただ、間接路を介した運動指令は普段は弱く、特定の運動動作を行う最中にのみ活性化するようでした。従ってヒトの運動機能回復に用いるためには、特定の運動動作により間接経路を賦活して常時利用できるようにする必要があります。しかし、脊髄に障害のあるヒトの場合、運動の遂行自身が困難であり、運動によって間接路を賦活することが難しいと思われました。

そこで、我々は運動野への刺激と感覚刺激(手の筋感覚刺激や平衡感覚刺激)を組み合わせ、間接路を賦活できるかを検討しました。筋感覚は筋肉の長さ変化、平衡感覚は身体の傾きについての感覚で、これらの感覚入力は手や腕の運動に深く関わります。実験的には、筋感覚刺激として末梢神経の電気刺激、平衡感覚刺激としてガルバニック前庭刺激(GVS)を用いました(図参照)。GVSは非常に微弱な電流を耳の後ろの部分に流す方法で、刺激されると頭部がわずかに傾く感覚が生じます。運動野刺激として、大脳皮質運動野の経頭蓋磁気刺激(TMS)を行いました。 

TMSにより腕を支配する大脳皮質運動野を刺激すると、直接路と間接路を通った指令が運動ニューロンに伝わり、手や腕の筋に活動が誘発され、筋電図に反応が現れます。これに単独では筋活動に影響がない程度の末梢神経刺激を加えると、TMSにより誘発された手や腕の筋電図の反応が大きくなります。このことは、運動野と末梢神経刺激による入力が間接路の脊髄介在ニューロンに同時に到達し(図中の青と赤の矢印)、間接路を介する指令が強まったことを示します。そこで更にGVSを加えると(図中の紫色の矢印)、間接路が更に賦活され、誘発筋電図の反応はより大きくなることが観察されました。

今回紹介した研究結果(Nakajima et al., 2017, Suzuki et al. 2017)は、神経結合は弱いながらもヒトでも間接路が存在すること、自発的な運動を行えなくても様々な刺激を組み合わせることで間接路を賦活化できることを示しています。今後、これらの手法を改良して、障害脊髄を”バイパス”する代替経路として間接路を強化できれば、脊髄障害後の新たな神経リハビリテーションとして有用であると考えます。

本研究は、博士研究員 鈴木伸弥博士(現北海道医療大学リハビリテーション科学部)、千葉大学教育学部の小宮山伴与志教授との共同研究によるものであり、文部科学省科学研究費 若手研究(A)、基盤研究(C)、挑戦的萌芽研究、スタート支援、新学術領域および私学事業団補助金の助成を受けて実施されました。


概念図
脊髄に障害が生じた際(X印)、その障害部位を介在ニューロンでバイパスする経路(間接路:赤線)を活性化させる方法論。我々は、この間接路がヒトでも存在することを示し、運動野、筋感覚(青線)、平衡感覚(紫線)刺激を組み合わせることによって、この経路を活性化することに成功した。


掲載論文
発表雑誌:PLoS One 12 (4), e0175131. 2017 Apr 07.
論文タイトル:Vestibular stimulation-induced facilitation of cervical premotoneuronal systems in humans.
筆 者:Shinya Suzuki*, Tsuyoshi Nakajima*, Shun Irie, Ryohei Ariyasu, Tomoyoshi Komiyama, Yukari Ohki (*: Contributed equally to this work with: S. Suzuki, T. Nakajima)
(鈴木伸弥、中島剛、入江駿、有安涼平、小宮山伴与志、大木紫)
DOI: 10.1371/journal.pone.0175131. eCollection 2017

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