小藤 剛史 (共同研究施設RI部門 助教)
藤原 智徳 (細胞生理学教室 准教授)
赤川 公朗 (名誉教授)
シナプス前終末での神経伝達物質の放出など、神経細胞での開口放出を制御する蛋白質の1つとして、HPC-1/Syntaxin1A(STX1A)が知られています。STX1Aは神経細胞の形質膜に多く発現しており、内分泌細胞にもその発現が認められます。これまで我々は、STX1A遺伝子を欠損させたマウスを作成し、その表現型解析を行ってきました。STX1A遺伝子欠損マウスは、ほとんど正常に発育するものの、様々な精神神経疾患に関わるモノアミンおよびオキシトシン等の神経ペプチドの分泌が低下していました。さらに、学習機能の低下、社会行動の障害など、正常マウスとは異なる行動様式を示すことがわかりました(Fujiwara et al J Neurosci 2006、E J Neurosci 2010)。これらはヒト自閉症スペクトラム(ASD)患者でみられる症状と類似していると考えられます。また興味深いことに、STX1A遺伝子欠損マウスの社会行動の障害は、自閉性障害を軽減させる効果があるとして注目されているオキシトシンを投与することにより改善されました(Fujiwara et al J Neurochem 2016)。これらの結果から、ヒトASDとSTX1A遺伝子が関連する可能性があると考え、今回我々は、ASD患者のSTX1A遺伝子について解析を行いました。定量的PCRにより血球細胞におけるSTX1AのmRNAの発現量を測定した結果、多くのASD患者において、STX1Aの発現量が健常者と比べ低下していることがわかりました。そこで、それらの患者のSTX1A遺伝子についてコピー数多型(CNV)解析を行ったところ、その一部においてSTX1A遺伝子がハプロイド(遺伝子数が半減)となっていることを見出しました。これらの結果は、STX1A遺伝子の異常が一部のASDの原因となっていることを示しています。一般に、ASDにはシナプス機能の障害が関わると推測されており、そこには複数の遺伝子が関与すると考えられています。これまでにASDに関連する遺伝子がいくつか報告されていますが、シナプス伝達を直接制御するSTX1Aはその重要な原因遺伝子の1つであると考えられます。また、STX1A遺伝子がハプロイドの患者以外でも、STX1Aの遺伝子発現が変動している患者例が今回の解析で多数認められました。これは神経細胞におけるSTX1Aの発現量の変動がASDに関わることを示唆しており、今後その機序を解明することによりASDの病態解明につながる可能性があります。
本研究は、県立広島大学の林教授らとの共同研究によるものであり、科研費基盤研究(C)、科研費基盤研究(B)、私学事業団補助金の助成を受けて実施されました。
発表雑誌: | Neuroscience Letters [ Vol.644 pp.5 – 9 (2017) ] |
論文タイトル: | A part of patients with autism spectrum disorder has haploidy of HPC-1/syntaxin1A gene that possibly causes behavioral disturbance as in experimentally gene ablated mice. |
筆 者: | Takefumi Kofuji, Yuko Hayashi, Tomonori Fujiwara, Masumi Sanada, Masao Tamaru, Kimio Akagawa (小藤剛史、林優子、藤原智徳、真田ますみ、田丸政男、赤川公朗) |
DOI: | 10.1016/j.neulet.2017.02.052 |
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