田嶋 敦(産科婦人科学教室・准教授)
小林 陽一(産科婦人科学教室・教授)
食生活の変化や妊娠年齢の高齢化によって肥満妊婦の頻度は増加傾向です。肥満は糖代謝異常と強く関連しており、特に周産期分野では妊娠糖尿病との関連が知られています。母体の肥満と妊娠糖尿病はいずれも胎児の過剰な発育を促し、出生体重が4000 g以上である巨大児のリスクとなります。巨大児は肩甲難産や児頭骨盤不均衡、弛緩出血といった分娩時の合併症の原因となり得ます。しかし、母体の肥満がこのような胎児の過剰発育を促す機序は未だに明らかになっていません。我々は妊娠糖尿病ではない正常な耐糖能の妊婦に限定して、肥満が胎児発育に与える影響を後方視的に調査しました。
杏林大学医学部付属病院で妊娠・分娩管理を行った単胎妊婦のうち、正常耐糖能を確認した日本人356人を妊娠前のBMIが25 kg/m2で肥満群と非肥満群とに分けました。胎児発育は、妊娠19週・30週・36週に胎児超音波検査により計測した胎児の体幹周囲径(腹囲)を用いました。2群間の胎児の腹囲は妊娠19週では差がありませんでしたが、妊娠後期である妊娠30週と妊娠36週では肥満群で有意に大きくなりました。また妊娠中に腹囲が大きかった胎児の半数以上は、出生体重も在胎週数と比較し大きいLGA(Large for Gestational age)であることが判明しました。この研究結果から、妊娠前の母体肥満が胎児発育に与える影響は妊娠中期までより妊娠後期以降の方が大きいと考えられます。我々はこのような妊娠時期による胎児発育の違いは、胎盤の変化が関与しているのではないかと考えています。胎盤の構造は妊娠16週までに完成しますが、大きさは妊娠28週以降に急激に増大します。肥満妊婦の胎盤は非肥満妊婦よりも重く大きいため、胎児の過剰発育への関与が示唆されます。
胎児が母体から受ける影響は出生体重だけに留まりません。胎児期の子宮内環境や生後早期の周囲の環境が児の健康や生活習慣病の発症にも関係していると言われておりDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)仮説として知られています。ヒトの体質を決めるのは遺伝子ですが、その遺伝子の働き方は環境の影響を受けて変化することがわかっています。肥満妊婦から出生した児が出生後にどのような疾病リスクを有しているかは今後の調査によって明らかにされることが期待されます。
発表雑誌: | Journal of Obstetrics and Gynaecology Research [ Vol.44 (4), pp.691 – 696 (2018) ] |
論文タイトル: | Influence of maternal obesity on fetal growth at different periods of pregnancies with normal glucose tolerance |
筆 者: | Tanaka Kei, Matsushima Miho, Izawa Tomoko, Furukawa Seishi, Kobayashi Yoichi and Iwashita Mitsutoshi (著者名 田中 啓, 松島 実穂, 井澤 朋子, 古川 誠志, 小林 陽一, 岩下 光利) |
DOI: | 10.1111/jog.13575 |
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