長瀬 美樹(肉眼解剖学・教授)
注目を浴びるメカノバイオロジー
この文章をお読みの皆様は、昨年(2021年)のノーベル医学・生理学賞の受賞テーマを覚えておられますか?生体内での情報伝達は、分子間の相互作用、ホルモンや成長因子などの液性因子とその受容体でなされることが多いのですが、近年になり、圧力や張力、流れずり応力などの機械的なシグナルがそれに劣らず重要な役割をしていることが判明してきました。そしてそのメカノセンサーとして働くbona fide(これぞ真打!という意味です)な分子であるイオンチャネルPiezo1, Piezo2が2010年に発見され、発見者のArdem Patapoutian博士に昨年ノーベル賞が贈られたというわけです。この分子は、皮膚のくすぐったさ、身体の位置感覚、息の吸い込み、膀胱の排尿など、思いのほかに幅広い役割を果たしています。
腎臓のメカノバイオロジー:糸球体でのPiezo2の発現とそのメカニカルな調節
腎臓は血圧・体液量などの血行動態を感知し、レニン・アンジオテンシン系などを介してこれらの恒常性を担う中心的臓器です。また高血圧が続くと、高血圧性腎障害も起こります。これらのことから腎臓のメカノセンシングの重要性が示唆されますが、その実体は謎に包まれており、特に腎臓におけるPiezo2チャネルについては世界でも先行研究がありませんでした。そこで私たちはさっそくその研究に取り組みました。
まずRNAscopeという最新鋭のin situハイブリダイゼーションの技術を用い、Piezo2がマウス腎臓のメサンギウム細胞と、傍糸球体装置のレニン産生細胞に発現していることを見出しました。Patapoutian博士からご提供頂いたPiezo2GFPレポーターマウスでも同様の発現を確認しました。
メサンギウム細胞は糸球体全体の構造をメカニカルに支持するものですし、また傍糸球体装置は血行動態を感知してレニン産生を調節する、ともにメカノセンシング機構に重要な細胞です。実際、脱水モデルマウスで血行力学的負荷を減少させると、メサンギウム細胞でのPiezo2発現は減少し、逆にレニン産生細胞でのレニン遺伝子発現増加とパラレルにPiezo2発現は著明に増加しました。さらに、伸展刺激を与える特殊な細胞培養系でレニン産生細胞を培養し、Piezo2遺伝子をノックダウンすると、レニン遺伝子の発現は有意に抑制されました。
これらの結果は、今まで謎に包まれていたレニン産生細胞のメカノセンシング機構にPiezo2が関わることを示した、世界初の研究です。今後さらに研究を進め、高血圧や糖尿病に伴う慢性腎臓病(CKD)、救急医療と密接に関わる急性腎障害(AKI)の病態解明を目指す所存です。
なお、この研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業 PRIME メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出、日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究C)の助成を受けて実施されました。
発表雑誌: | Scientific Reports [ vol.12, 4197 (2022) ] |
論文タイトル: | Piezo2 expression and its alteration by mechanical forces in mouse mesangial cells and renin-producing cells |
筆 者: | Yuki Mochida, Koji Ochiai, Takashi Nagase, Keiko Nonomura, Yoshihiro Akimoto5, Hiroshi Fukuhara, Tatsuo Sakai, George Matsumura, Yoshihiro Yamaguchi & Miki Nagase (持田勇希1,2,落合剛二1,2,長瀬敬3,野々村恵子4,秋元義弘5.福原浩6,坂井建雄7,松村讓兒1,山口芳裕2,長瀬美樹1,7(1肉眼解剖学、2救急医学、3国立あおやぎ苑立川、4基礎生物学研究所、5顕微解剖学、6泌尿器科学、7順天堂大学)) |
DOI: | 10.1038/s41598-022-07987-7 |
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