粟崎 健 (生物学教室 教授)
近年の地球温暖化に伴い各生物種は各種が適応した温度帯(北方)へと移動し、それにより現在の生態系は、今後大きく変わると考えられています。一般に、南方に生息する種はより高温に、北方に生息する種はより低温に適応していると考えられていますが、どのようにして生物が特定の温度帯へ適応しているのか、その詳細についてはわかっておらず、これに関与する細胞・分子機構も不明です。著者らはこの問題に挑むために、多様な生命現象に対する遺伝子機構を明らかにしてきたモデル生物であるキイロショウジョウバエ(人家性の普遍種)と多様な温度帯に生息する10種のショウジョウバエ種(図1)を用いて研究を行いました。本研究では、各種の持つ最適な活動を示す至適温度の解析、活動と睡眠の日周パターンに対する温度の影響、各種の嗜好温度と嗜好温度に対する触覚の関与について解析を行いました。
各ショウジョウバエ種は種固有の日周活動パターンを持ち、活動量は温度の影響を受け変化するものの、パターン自身は温度による影響を受けにくいことがわかりました(図2)。また各種は1日の活動量が最も大きくなる温度、すなわち活動の至適温度を持ち、この温度は生息域の温度帯と類似していることがわかりました(図3)。一方で、各種が好む嗜好温度は、必ずしも活動の至適温度とは一致せず、熱帯種や亜熱帯種の多くは低温を好み、高山種や温帯種は至適温度よりも高い温度を好む傾向があることがわかりました(図3)。また、低温に対する温度センサーがあることが知られている触覚と嗜好温度の変化を調べたところ、種により触覚除去の影響は多様であることがわかりました。
以上の結果から、ショウジョウバエ種の温度環境への適応は、種固有の生活戦略と温度嗜好性が関与していることが示唆されました。また、嗜好温度に対する触覚の機能の多様性より、種間の違いは温度情報に対する出力の違いすなわち神経系における情報処理の違いが種間の違いを生み出していると考察しました。今後、今回の研究成果を元に特定の遺伝子機能を欠損したショウジョウバエ種を作出して解析を行うことで、温度適応を制御する遺伝的機構を明らかにすることを計画しています。
発表雑誌: | Scientific Reports [(2022) 12:12692] |
論文タイトル: | Comparative analysis of temperature preference behavior and effects of temperature on daily behavior in 11 Drosophila species |
筆 者: | Fumihiro Ito and Takeshi Awasaki (伊藤 史博, 粟崎 健(生物学教室)) |
DOI: | 10.1002/10.1038/s41598-022-16897-7 |
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