長瀬 美樹(肉眼解剖学・教授) br>
皆様は、健康診断で「尿蛋白」という検査項目があるのをご存知ですか?蛋白尿は様々な腎疾患で出現し、その成因として重要なのがポドサイトです。ポドサイトは腎糸球体の表面に存在するタコ足のような形の細胞で、多数の突起を有し、その隙間から血液がろ過され原尿が作られる際に蛋白の漏出を防ぐバリアとして機能します。ポドサイトが障害されると蛋白が過剰に漏れ出て蛋白尿となります。ポドサイトは、ろ過、糸球体内圧、糸球体の伸展などの力学的な力を絶えず受けており、高血圧による腎障害では、ポドサイトに加わる力が過剰となることが発症に関わるとされてきました。しかし、力がどのような分子によって感知され伝達されるかについては、ほとんど未解明でした。
私たちは、引張力や流れずり応力などの力学的刺激を感知して細胞内にCaを流入させる分子として注目され、2021年のノーベル医学生理学賞の授与対象となった、メカノチャネルPiezo1, Piezo2の腎臓における役割を研究しています。今回、RNAscope in situハイブリダイゼーションという最先端の技術を用いて、高血圧性腎障害モデルマウスの腎臓でPiezo1の発現を調べたところ、ポドサイトでその発現が増強していました。同時に蛋白尿と、ポドサイト障害の存在を示す遺伝子発現上昇も観察され、これらは降圧薬の投与で減弱しました。
そこでPiezo1がポドサイト障害に実際に関与するか否かを、私たちの研究室でメカノバイオロジーの解析系として用いている、伸展装置付きの特殊な細胞培養装置を用いて解析しました。ラットの培養ポドサイトでは、伸展刺激を加えるとポドサイト障害のマーカー遺伝子の発現が上昇し、Piezo1の阻害薬であるGsMTx4によって抑制されました。またPiezo1の特異的なアゴニストYoda1は、伸展刺激なしでも上述の遺伝子発現を強め、Yoda1の特異的アンタゴニストであるDooku1によりこれは阻害されました(スターウォーズのキャラクターであるヨーダとドゥークーから名づけられた物質名です)。すなわち、伸展刺激はPiezo1によって感知され、ポドサイト障害関連遺伝子発現を誘導することが示されました。私たちはこれまで、ポドサイト障害に低分子量G蛋白Rac1の活性化が関係することを報告しました(Shibata S, Nagase M, et al. Nat Med 2008)が、伸展刺激―Piezo1の下流でもRac1の活性化を介してポドサイト障害が惹起されることがin vitro, in vivoの系で示されました。
蛋白尿・ポドサイト障害にPiezo1が関与することを示したのは今回の私たちの報告が世界最初のものとなります。Piezo1, 2は、力学的負荷への生体応答を研究する「メカノバイオロジー」の最重要分子の一つですので、今後も腎臓の生理機能および疾患における役割の解明を重ねていきたいと考えております。
なお、この研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業 PRIME 「メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出」、日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究C)、杏林医学会研究助成金(研究活動指導助成金)の助成を受けて実施されました。
発表雑誌: | Hypertension Research [Mar;47(3), pp.747 – 759 (2024) ] |
論文タイトル: | Roles of the mechanosensitive ion channel Piezo1 in the renal podocyte injury of experimental hypertensive nephropathy |
筆 者: | Satoyuki Ogino1,2, Kei Yoshikawa1,2, Takashi Nagase3, Kaori Mikami1, Miki Nagase1 (荻野聡之1,2,吉川慧1,2,長瀬敬3,三上香織1,長瀬美樹1 (1肉眼解剖学、2救急医学、3国立あおやぎ苑立川)) |
DOI: | 10.1038/s41440-023-01536-z |
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