脱毛症に挑む
毛髪の研究・医療の最前線

病気やストレスなどが原因で毛髪のトラブルに悩む人はとても多いといわれています。しかし近年、医療の進歩は目覚しく、脱毛症に対する医療においても新しい治療、新薬の開発が進み、iPS の活用を含む再生医療の研究も続けられています。皮膚科学教室の大山学教授は、毛髪を作り出すもととなるヒト毛包幹細胞を効率的に生きたまま採取・培養する方法を確立しました。患者の笑顔を取り戻すため最先端の研究に力を注ぐ大山教授を紹介します。

大山学

大山 学
(おおやま まなぶ)

1993年 慶應義塾大学医学部卒業
2002年 米国国立衛生研究所(NIH)・国立癌研究所(NCI)皮膚科訪問研究員―ヒト毛包バルジ幹細胞の分子署名を初めて明らかにし、毛包のバルジ幹細胞の分離に成功
2014年 慶應義塾大学医学部准教授
2015年 杏林大学医学部教授

脱毛症の仕組み

抜け毛を主な症状とする病気の仕組みは大きくわけて2つあります。ひとつは毛を作っている皮膚の小器官である毛包が何らかの原因で壊されてしまうもので、もうひとつは、毛の生え変わりのサイクルが異常になる病気です。前者の代表的なものが円形脱毛症、後者の例が男性型脱毛症です。
男性型脱毛症はどう定義するかにもよりますが1千万人以上、円形脱毛症は自然に治ってしまうこともあり正確な統計はありませんが、人口の0.2%程度の頻度でみられるといわれています。
近年の脱毛症に対する医療の研究の進歩はめざましく、治療法や治療薬が多く確立されています。未だ良い治療のない脱毛症も多くありますが正確に診断することで患者さん一人ひとりにあった治療ができる時代になりつつあります。

毛の構造

毛の構造を大きく分けると、皮膚よりも出ている部分の「毛幹」、皮膚の中にある見えない部分の「毛根」に分けられます。 毛根の一番下の部分は球状にふくらんでいるので「毛球部」といい、この毛球部の中の「毛母細胞」が活発に細胞分裂を繰り返し、毛を成長させていきます。

毛の構造

毛髪疾患研究のきっかけ

大山教授の外来は、今では毛髪に悩みをかかえる患者さんが多く受診していますが、実は大山教授が最初に研究していたテーマは「水疱症」という病気に関連したものでした。
「水疱症」は、皮膚、とくに表皮の細胞に対して自己免疫が働き、みずぶくれやびらんなどが生じる病気です。治療なしでは広範囲の熱傷のようになり、死に至ることもある重い病気です。より治療効果を上げるため、大山教授は、この病気に対する遺伝子治療を確立しようと試みました。そして、研究を進めるうち、人体の様々な種類の細胞の基となる「幹細胞」に遺伝子を入れることで治療効果を良くする重要なポイントではないかと考えはじめました。  
当時は皮膚の最も高位の幹細胞が毛を作り出す毛包にあることはわかっていましたが、ほとんどがマウスを用いた実験の結果であり、ヒトの毛包における正確な場所やそれを生きたまま取り出す技術もありませんでした。
細胞を生きたまま取り出すには、その細胞の表面にある特徴的なタンパク=マーカーを見つける必要があります。それを見つけようと来る日も来る日も顕微鏡をのぞき続けました。

世界初の研究成果を手に脱毛症の治療へ

ある日、膨大なデータから選び出した幹細胞のマーカー(標識)候補のうちの一つが毛包幹細胞に出ているのを見つけました。幹細胞を示すマーカーを染色してみると、ホワーッと茶色に浮かび上がって見えたのです。アルキメデスが体積の測定に関する難問を解決する方法を発見したときに叫んだ『エウレーカ!』とはこういう瞬間だったのか、と思いました。
それから、そのマーカーを使って毛の幹細胞を豊富に含んだ細胞を生きたまま採取・培養することに世界で初めて成功し、その結果を2006年米国科学誌The Journal of Clinical Investigationで発表しました。
顕微鏡をのぞき続け2年半。大山教授の研究対象は毛髪、特にその当時有効な治療法があまりなかった脱毛症へと変わっていました。

研究と臨床と

今の研究の中心テーマは、再生医学、免疫学の手法を組みあわせる方法で脱毛症や皮膚悪性腫瘍の治療に伴う皮膚の副作用などの状態を明らかにし、いかに治療法の効率をあげるかということです。
臨床医にとっての研究は、診断の精度や治療法の効果を上げるため、さらには新しい治療法を確立するためのものと考えており、「研究成果をいかに患者さんに還元するか」を特に強く意識していると大山教授は言います。

研究

若い人こそ研究を

最新の知見は研究をしていれば容易に知ることができる。教科書に書かれていない、わからない現象を解決する力は、研究でしか身につかない。「臨床の力を高めたいなら研究をするべき」が、大山教授の信条です。
AIを用いた臨床データの解析など、研究も多様化してきます。研究の姿勢を身につけた医師は、見逃してはいけない患者さんの病気のサインに早く気づいたり、病気の状態が複雑であっても ひもといていくための基本的なトレーニングができています。そのため、若い医師には何らかの研究をしなさいと助言しています。

毛髪再生医療の実用化に向けた新たな臨床研究に参加

今、ヒトiPS細胞で毛包の一部の細胞を作ることができるようになりました。しかし、毛の構造は立体的で、正しい形状を再生するにはまだ相当な時間と膨大なコストがかかります。iPS細胞は、まずは治療ではなくヒト毛包に似せた構造を作り、新しい治療法を開発したり、新しい薬を創ったりすることに今後応用されていくでしょう。
一方で、いま病気で悩んでいる患者さん方に、実際にとどけることのできる治療を開発することもとても重要です。その一環として、東京医科大学、東邦大学、株式会社資生堂と毛髪再生医療の実用化に向けた新たな臨床研究を開始しました。
これまで東京医科大学、東邦大学、株式会社資生堂が共同で進めてきたこの研究は、自家毛髪培養細胞を薄毛の部分に注入する再生医療です。安全性と改善効果を認め、男女の壮年性脱毛症の新しい治療法になりうる可能性があります。

今後、臨床における治療法の確立をめざすためには、頭頂部とその周辺のより広い範囲の薄毛部に自家毛髪培養細胞を複数回投与し、見た目でわかる治療効果と安全性を示す必要があります。そこで、脱毛症診療に豊富な経験をもつ大山教授の研究チームも参加して、より実際の治療に近い形での新たな臨床研究が開始されました。
このように広範囲の薄毛部に培養自家毛包細胞を複数回投与する試験は初めての試みで、今回の臨床研究により再生医療による新しい薄毛治療法の実現が期待されています。本臨床研究は男女の壮年性脱毛症が対象で、杏林大学では特に女性の患者さんを対象に臨床研究が始まっています。

さらに2022年3月には、大山教授が参加した重症円形脱毛症への内服薬の治験結果が伝統ある医学総合雑誌The New England Journal of Medicineにも掲載されました。

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患者さんに笑顔を

脱毛症に限らず、皮膚科の病気は患者さんに症状が見えてしまいます。そうした方々の悩みに寄り添い、元気や安心感を与えるのも皮膚科医の役目です。大山教授が診る患者さんには子どものころから治療し続けている方もいます。特に子どもには精神的な支えも必要です。患者同士の交流、患者や家族をサポートするために患者会の支援活動もしています。一人でも多くの患者さんに笑顔を届けるため、これからも脱毛症に挑み続けます。

学生時代
学生時代の大山教授

学生へのメッセージ

大事なのは楽しむこと

受験に失敗した、仕事がうまくいかない。誰でも辛く、大変なことはあります。私も浪人時代など辛い時期がありました。しかし、どんな経験も、自分の血となり肉となります。
いま辛くても、いつか懐かしく振り返れる日が来ます。ですから日々楽しむことを忘れないでほしいです。