大木亜津子(外科学教室 助教)
阿部展次(外科学教室 教授)
胃癌に対して胃を部分的に切除する場合に、口から入れた内視鏡と腹部から挿入した腹腔鏡を同時に使用する腹腔鏡内視鏡合同手術(LECS)や内視鏡的胃全層切除術(EFTR)が行われることがあります。これらは手術中に胃壁に穴を開けるために、胃の中と腹腔が交通します。このような手術の場合の危険性として、胃癌の存在する胃の中には癌細胞が遊離している可能性が指摘されています。それらの遊離癌細胞が、腹腔内に漏れ出て、腹膜に癌組織を形成する可能性があることが議論されてきました。
そもそも、胃癌が存在する胃内で胃癌表面から癌細胞が遊離するのか、明らかではありません。もし、そのような癌細胞の遊離が確認されたとしても胃内を適切な方法で洗浄することで遊離癌細胞を減少させ、この細胞に由来する癌の再発を防ぐことができることが考えられます。そこで、胃内洗浄による癌細胞の遊離とこの細胞を減少させる適切な洗浄方法に関する研究をはじめました。
胃の中に存在する細胞を回収するための手法として、胃内を液体で洗浄・回収し、その中に存在する細胞を顕微鏡で検査する方法(細胞診)があります。まず、細胞をできる限り壊さないように回収するために等浸透圧液を使用しました。胃癌の患者さんに対して口から通常通りに内視鏡検査を行う際に胃内の癌に洗浄液を散布し、洗浄液は内視鏡の吸引機能により回収します。この洗浄液に含まれる細胞を、細胞診を行い検討しました。この洗浄液中の遊離癌細胞検出率は58%の症例で陽性でした。検出された遊離癌細胞は、細胞の形態が比較的良好に維持されていました。このような細胞が手術中に腹腔に漏れ出た場合、腹膜などに生着して播種(再発)を引き起こす可能性も否定できません。
次に、胃内を蒸留水(低浸透圧液)で洗浄することで減少させることが可能であるか、検討しました。
口から挿入した内視鏡から蒸留水(低浸透圧液)を胃癌に散布し、低等浸透圧液の場合と同様に、洗浄液を回収しました。この低浸透圧洗浄液を細胞診により検討すると、遊離癌細胞検出率は6%の症例で陽性であり、等浸透圧液と比較して低い確率でした。また、検出された遊離癌細胞も、破裂・崩壊していました。これらの細胞には生着や増殖はできないと我々は考えています。
今回の結果から、内視鏡による洗浄操作だけで胃癌から胃の内腔に、腹膜などに生着する可能性のある癌細胞が遊離すること、この遊離癌細胞は蒸留水(低浸透圧液)による胃内腔の洗浄によって破壊されること、が明らかになりました。
蒸留水によって破裂・崩壊した遊離癌細胞が腹膜などに生着する能力を失っているかは、別の研究が必要で、この研究結果のみからではわからないため、さらに検討を続けていく必要があります。
発表雑誌: | Gastric cancer |
論文タイトル: | Gastric washing by distilled water can reduce free gastric cancer cells exfoliated into the stomach lumen |
筆 者: | Atsuko Ohki, Nobutsugu Abe, Eri Yoshimoto, Yoshikazu Hashimoto, Hirohisa Takeuchi, Gen Nagao, Tadahiko Masaki, Toshiyuki Mori, Yasuo Ohkura, Masanori Sugiyama (大木亜津子、阿部展次、吉本恵理、橋本佳和、竹内弘久、長尾玄、正木忠彦、森俊幸、大倉康男、杉山政則) |
DOI: | 10.1007/s10120-018-0824-z |
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