杏林大学医学部の耳鼻咽喉科学教室は、初代教授城所信五郎、二代目堤昌巳、三代目長谷川誠、4代目甲能直幸、そして5代目の齋藤康一郎が2015年から教室責任者となり現在に至っています。
耳鼻咽喉科には、耳・鼻・ノド・腫瘍と大きく4本の柱がありますが、いずれも内科的要素と外科的要素を含むことから、多角的に患者さんの病態を捉えて治療することが求められます。また、外科的処置が整容面に影響し得ることに加え、感覚器やコミュニケーションツールを取り扱うことから、患者さんのニーズを把握し、QOLに配慮した慎重かつ繊細な判断力を身につける必要があります。外科的な治療にも、ダイナミックな手術から顕微鏡下での手術、そして日帰りの外来手術まで様々です。このような「多様性」、が耳鼻咽喉科の大きな特徴であることに加え、杏林大学医学部付属病院は、多摩地域では唯一の大学本院であるため、一層多岐にわたる疾患への柔軟かつ専門的な対応が求められます。当教室ではカンファレンスで情報を共有し、メディカルスタッフと様々な年代の医師が皆で議論を交わし、さらに院内の他診療科と綿密に連携し、協力して治療方針を決定しています。若手医師にとってはバランスのとれた症例を豊富に学ぶことができる環境といえるでしょう。症例が豊富であることから、臨床研究に力を入れており、日常の疑問を解決し、日常診療に役立つ成果を現場に還元すべく、研究から得られた多くの情報を国内外に発信しています。小児から高齢者まで、幅広い年齢層の患者さんに真摯に対処し、健康長寿社会、そして夢のある未来を実現するため、教室員一同団結して日々奮闘しています。
耳鼻咽喉科の医師の実線する医療は?大学、市中病院、個人クリニックにおける耳鼻咽喉科医の役割は?QOLに直結する外科手術とは?このような疑問を可能な限り肌身に感じて体験・理解できることを目指した医学教育を行っています。医師として、科学者として、知的に楽しく生きる方法を教室員が実践し指導にあたっています。今なりたい医師像、の先にある、ワンランク上の医師を目指しましょう。それをサポートするのが我々の教育です。
近年の診断・治療機器や技術の進歩を、小児(JOHNS 36, 2020.; 日耳鼻 123, 2020.)から高齢者(JOHNS 39, 2023.; 耳鼻咽喉科 1, 2022.; 耳喉頭頸 92, 2020.)まで様々な音声・気道の障害をもつ患者さんのニーズにあわせて適切に運用し、研究と臨床が一体となった日常診療を心がけています。また、院内の様々な診療科のみならず、国内外の有識者ともと連携体制を築き、診療と研究の充実を図っています。
適切な治療選択には、的確な診断が不可欠です。専門外来では、軟性鏡と硬性鏡に、白色光とストロボ光を組み合わせた内視鏡検査を、基本的に全ての患者さんに行っています(今日の耳鼻咽喉科頭頸部外科治療指針 第4版, 2018.他)。症例により、1秒間に10,000コマ撮影可能なハイスピードカメラを用いることで診断精度を上げる努力をしています(耳鼻臨床 115, 2022)が、画像解析に関しては、サンパウロ大学の協力を得ています。さらに、嗄声の標準検査として空気力学的検査・音響分析を行っています(EBM耳鼻咽喉科・頭頸部外科の治療2015-2016 第1版, 2015.他)。検査を行う臨床検査技師の技術は高く、正確な声の解析を行うことができる環境がそろっています。声帯部分麻痺のように、診断が難しい場合には、喉頭筋電図を用いた評価も行っています(耳鼻臨床 113, 2020.他)(図1)。さらに放射線科と協力し、超高精細CTも併用し、診療に役立てています(Eur Arch Otorhinolaryngol 276, 2019.他)(図2)が、その画像から得られた情報をもとに、喉頭の軟骨や喉頭・気管の形状やサイズに関する検討も行いました(日耳鼻 126, 2023.他)。
治療に関しては、加齢性の音声障害を含む種々の音声障害に対し、積極的に音声治療を行っています(日耳鼻 119, 2016.)。成人発声発語障害領域の認定資格を持つ言語聴覚士は、ケンタッキー大学とも連携して良好な成績を上げ、国内外に情報を発信しています(H31杏林大学 地域活動助成費; 音声言語医 62, 2021.他)(図3)。外科的治療に関しては、低侵襲な外来日帰り手術治療の充実を図っています(R5-R7 文部科学省科研費)。対象疾患は、声帯麻痺や声帯萎縮に対する声帯粘膜上皮下線維芽細胞増殖因子(bFGF)注射、声帯の炎症性病変に対するステロイド注射(JOHNS 39, 2023.)、喉頭乳頭腫に対するレーザー治療(H29-R1 文部科学省科研費; 光アライアンス 34, 2023.他;)など多岐にわたり、全国から患者さんをご紹介いただいています。また、音声喉頭疾患として一般的な片側声帯麻痺に対しては、声帯内注射、喉頭枠組み手術、そして神経吻合術など、患者さんの病態に合わせて幅広い選択肢を提示できる体制を整えています(医事新報 5032, 2020.)。音声外科手術として最も一般的といえる喉頭微細手術(JOHNS 35, 2019.他)に関しては、選りすぐりの医療器機を揃え、両手操作でのマイクロフラップ手技(喉頭 35, 2023.)を基本に、丁寧な施術を心がけています。
解剖学教室と協力して、NVP固定cadaverを用いた研究(日気食会報 72, 2021)や、声帯振動解析モデルの確立に向けた研究を(R2-R4文部科学省科研費; Anat Sci Int 97, 2022.他)、そして呼吸器内科学教室と協力して、慢性咳嗽の理学療法の研究(R1 杏林大学医学部 若手研究助成; 音声言語医 64, 2023.)を行い、成果を上げています。
我々の教室は耳鼻咽喉科と顎口腔外科が一つの医局の中で運営されているため、連携して詳細な検討を行っています。その結果、歯性副鼻腔炎と片側性副鼻腔炎これまでの報告よりも高い(70%以上)関連があること、両側性の副鼻腔炎にても注意を要することを報告しました。薬剤性顎骨壊死に伴う副鼻腔炎や顔面の瘻孔に関する検討も行い、成果を報告して論文化(計4編)しています。
好酸球性副鼻腔炎は保存的治療に抵抗性で手術後も再発しやすいという難治性が問題となっています。我々は、好酸球性副鼻腔炎のより効果的な治療を目指し、副鼻腔外来では手術方法の詳細な検討やステロイドの内服、術後の鼻噴霧用ステロイドやロイコトリエン受容体拮抗剤などを用いて長期的な経過観察を行っています。また、近年適応が拡大されてきている分子標的薬を使用し、良い結果が得られて来ています。今後は、治療方法の選択に必要なバイオマーカーの検討などの課題があると考えています。
また真菌が抗原となる I 型もしくは III 型アレルギー性副鼻腔炎である、アレルギー性真菌性副鼻腔炎についてもエビデンスに基づいた治療を行っています。
鼻咽腔―耳管―中耳―内耳機能の相互作用については未解明な点が多い現状にあります。我々は、新規耳管機能検査の開発、耳管機能検査の応用範囲拡大を目指した研究を行なっています。現在は未開拓な耳管の分子生物学分野の先端に立ち、この分野を開拓しています。
既知の154の難聴遺伝子に加え、既知の難聴遺伝子では難聴の原因が判明しない場合には次世代シークエンサーによるヒト全遺伝子の解析を行い、難聴原因遺伝子の決定を行なっています。このプロジェクトは、国立病院機構東京医療センター 臨床研究センター聴覚・平衡覚研究部を代表機関とし、40を越える施設との共同研究です。
末梢性顔面神経麻痺の多くは、顔面神経内に潜伏感染したヘルペスウィルスの再活性化によって顔面神経に末梢神経炎が起こることにより発症します。ステロイド剤および抗ウィルス剤によって治療が行われますが、ステロイドの増量がどの程度治癒率を向上させることができるのか、副作用がどの程度起こるのかなどは明らかになっておらず、専門家の間でもどの治療が最適なのかに関しては結論が出ていません。そこで当教室では、予後不良が予測される患者さんに対し、複数の医療機関と連携してステロイドの用量に関する無作為化比較を行っています。本研究を行うことにより顔面神経麻痺の患者さんへの診断法、治療法が大きく前進し治癒率の改善に寄与できると考えています。
視覚聴覚二重障害の患者さんは少なく、原因も多彩であり、まだ医療が確立していません。2024年中に、視覚聴覚二重障害を伴う難病の全国レジストリ研究に参加を開始し、本難病に対するより良い診療の確立を目指します。
鼻すすり癖をやめることが、真珠腫性中耳炎再発防止に重要と考えられています。しかし、限られた施設からの報告に基づいた論文発表しか存在していません。2024年度中に鼻すすりと真珠腫発生の関係を調査する全国的調査が開始される予定です。
2024年– 研究分担者 厚生労働科学研究費補助金23FC1056。
2022年–2024年 研究代表者 科研費基盤(C) 22K09673。
2019–2022年 研究代表者 科研費基盤(C) 19K09898。
2018–2020年 研究分担者 AMED 19dk0207041h0002。
2018–2021年 研究分担者 科研費基盤(A) 18H04062。
2015–2017年 研究代表者 科研費基盤(C) 15K1076。
2011–2014年 研究代表者 科研費若手(B) 23791930。
2003–2005年 研究分担者 科研費基盤(C) 15591830。