菅間 博(病理学教室教授)
木村 徹(薬理学教室講師)
ヨウ素は甲状腺ホルモンを合成するために必要不可欠な元素であり、食事から摂取してそのほとんどが甲状腺に貯蔵されます。(図1)その時に必要となるのが甲状腺の中にヨウ素を取り込むヨードトランスポーターです。これまでに甲状腺で働くヨードトランスポーターとして、血管側に存在し、血液の中から細胞の中にヨウ素を取り込むSLC5A5、管腔側に存在し細胞に取り込んだヨウ素を濾胞(甲状腺ホルモンを合成する領域)に運ぶSLC26A4(Pendrin)が知られていました。SLC26A4遺伝子は、半世紀以上前に発見された甲状腺腫大(Goiter)と難聴を伴うPendred症候群の原因遺伝子です。この症候群では半数以上が甲状腺機能正常であり、甲状腺濾胞細胞の管腔側には、SLC26A4とは別にヨードトランスポーターが存在することが示唆されていました。Pendred症候群類似の甲状腺腫を伴う先天性甲状腺機能低下症の兄妹とその家族の全エキソーム解析を行い、患者ではSLC26A7遺伝子の機能が失われる変異があることを見出しました。(図2)この遺伝子は陰イオンを運ぶトランスポーターであることが想定されていましたが、甲状腺での発現やその機能、そして病気との関連性は全く知られていませんでした。そこでSLC26A7がSLC26A4と同様に甲状腺でヨウ素を輸送していると仮説をたて、実験を進めました。
まず、特異抗体を作成し、ヒトの甲状腺組織の免疫染色にて、SLC26A7がSLC26A4と同様に甲状腺の濾胞細胞の管腔側に局在していることを特定しました。次に、哺乳類の培養細胞を用いてヨウ素の輸送を評価した結果、SLC26A7は細胞の膜に発現され、細胞内から細胞外へのヨウ素輸送に関わっていることが明らかになりました。
さらに、患者にみられた遺伝子変異を導入すると、SLC26A7タンパクは細胞膜に局在しなくなり、その結果としてヨウ素を輸送する能力が消失しました。SLC26A4と比較し、ヨウ素を輸送する能力は低いものの、甲状腺での発現量が多いことから、甲状腺でSLC26A4のヨウ素輸送機能を代償する重要なタンパクであると考えられました(図3)。
本研究でヨウ素輸送に関わる新たな分子が解明されたことで、今後、同じような特徴を持つ先天性甲状腺機能低下症患者や、頻度の高い甲状腺腫大(Goiter)のより詳細な病態解明に結びつくとともに、病気の原因に対して特異的な治療の開発が期待されます。
本論文の基礎研究は、病理学の菅間博教授の下で石井順助教(獨協医科大学)が、薬理学の木村徹講師の協力と平成29年度医学部共同研究プロジェクトの助成を受けて行いました。
発表雑誌: | Communications Biology |
論文タイトル: | Congenital goitrous hypothyroidism is caused by dysfunction of the iodide transporter SLC26A7 |
筆 者: | Jun Ishii, Atsushi Suzuki, Toru Kimura, Michihiro Tateyama, Tatsushi Tanaka, Takuya Yazawa, Yu Arimasu, I-Shan Chen, Kohei Aoyama, Yoshihiro Kubo, Shinji Saitoh, Haruo Mizuno & Hiroshi Kamma (石井順、鈴木敦詞、木村徹、立山充博、田中達之、矢澤卓也、有益優、陳以珊、青山幸平、久保義弘、齋藤伸治、水野晴夫、菅間 博) |
DOI: | 0.1038/s42003-019-0503-6 |
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杏林大学医学部病理学 教授 菅間 博
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