重安 千花 (眼科学教室 非常勤講師)
堀江 大輔 (眼科学教室 専修医)
慶野 博 (眼科学教室 准教授)
山田 昌和 (眼科学教室 教授)
ハンセン病は抗酸菌であるらい菌 (Mycobacterium leprae) による慢性感染症です。現代の衛生環境の整った日本では感染および発症することはほとんどなくまた治療も可能ですが、乳幼児期に大量のらい菌に暴露されることにより感染した場合、途上国では5~10年程度の潜伏期間を経てから発症します。近年、本邦における新規患者は長期にわたる潜伏期間を経たのちに免疫力の低下した高齢者に限定されるため発症者は年間0-1 名ですが、在日外国人を含めると年間3名前後の発症がみられています。世界的にも新規患者の発症は減少傾向にあり15年前と比較して現在は約半数の20万人と報告されます。しかし、そのうち4分の3は東南アジア諸国がしめており、世界保健機関 (World Health Organization: WHO) では感染制御に向けた対策が現在でもとられています。
らい菌は皮膚組織および末梢神経を構成するシュワン細胞に寄生し、肉芽腫性の病変を生じさせます。免疫状態により臨床症状は異なり、らい菌に対する免疫反応が弱い場合に、皮膚の紅斑や結節などを生じ、進展すると知覚麻痺が生じて筋肉の萎縮を引き起こし、後遺症となります。本邦におけるハンセン病既往者は、化学療法の確立前の発症例が大半をしめるとされ、約60% に眼後遺症がみられると報告されています。
全国にはハンセン病既往者が療養している13の国立療養所と1つの私設療養所があり、国立ハンセン病療養所の入所者数は1090名、平均年齢86.4 歳(2020年4月)と報告されています。入所者の高齢化に伴い、ハンセン病に伴う眼後遺症に加え、加齢性の疾患により視力障害が高度になってきています。そこで杏林大学眼科学教室では国立療養所多磨全生園(東村山市)で眼科診療を行っているため、受診した入所者および園外通院者の方々を対象としてハンセン病が長期的に眼に与える影響につき評価をしました。
全生園に登録をされていた全238名のうち、眼科を受診した199名398眼(男性106名、女性93名;平均年齢は84.2 歳)を対象としました。視力が測定できた179名の矯正視力は0.2 であり、本邦の視覚障害の基準(2018年に認定基準が改正され、現在は最も程度の軽い6級:視力の良い方の眼の視力が0.2以上0.6以下かつ他方の眼の視力が0.02以下のもの、と定義されています)に準じると65名(36.3%)が視覚障害に該当しました。主なハンセン病の眼後遺症として、兎眼116眼 (29.2%)、兎眼性角膜炎に伴う角膜混濁66眼 (16.6%)、角膜らい腫による角膜混濁25眼 (6.3%)、帯状角膜変性症26眼 (6.5%)でした。白内障は149眼 (37.4%) にみられ、眼内レンズの挿入は143眼 (35.9%)、無水晶体眼は24眼 (6.0%)にみられました。また慢性虹彩毛様体炎が17眼 (4.2%)、眼球癆(眼球摘出を含む)は40眼 (10.1%) にみられました。
調査により、眼表面と慢性的な炎症の管理がハンセン病の眼後遺症の長期的な予後に影響すると考えられました。低視力の方が多いため視力低下の自覚がしづらく、また角膜知覚の低下が生じているため痛みを感じにくいのも悪化する要因となり、日々の点眼介助の際に状態に変化がないかどうか観察することが重要であると考えます。ハンセン病既往者の眼後遺症は高齢化に伴う要因も加わり、視覚障害の程度が重篤であることを確認し、長期にわたる眼科疾患の管理が重要であると結論付けました。
発表雑誌: | 日本眼科学会雑誌 [123巻1号 pp.51-57 (2019)] |
論文タイトル: | Hansen病における眼後遺症と視機能障害の現状 |
筆 者: | Chika Shigeyasu, Takatomo Nakashima, Hiroshi Keino, Keisuke Ikeda, Mio Yamane, Daisuke Horie, Yutaka Asato, Masakazu Yamada 重安千花、中島貴友、慶野博、池田佳介、山根みお、堀江大介、朝戸裕、山田昌和 |
CiNii 番号: | 40021784311 |
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