大学ホーム医学研究科教育・研究指導研究室・研究グループ耳鼻咽喉科学教室

研究室・研究グループ紹介:耳鼻咽喉科学教室

耳鼻咽喉科全般にわたる基礎及び臨床研究を行える体制を取っております。

このページでは、医学的な立場から掲載する写真を選んでいます。ご覧になる方によっては刺激が強いと感じられる可能性がありますのでご注意ください。

研究グループ及び研究課題

頭頸部癌外科学に関する研究

機能温存可能な患者には、機能を残しつつ根治性のある手術をめざし、時には形成外科とも協力し機能温存再建手術を積極的に実施しています。また高齢者や全身状態が低下している患者に対してはより低侵襲・短時間での局所皮弁を使用した再建手術も実施しています。さらに、機能温存が困難と予想される患者に対して導入化学療法を行い、腫瘍が著明に縮小し機能温存手術が可能になった場合には手術を実施する試みも行っています。甲状腺領域に関しては、良性腫瘍または早期の甲状腺癌に対して、審美的に優れる内視鏡補助下の甲状腺腫瘍摘出術または甲状腺悪性腫瘍摘出術(Video-assisted neck surgery, VANS法)も実施しており、進行した反回神経麻痺を伴う甲状腺癌に対しては一期的な反回神経の再建手術を行い、良好な結果を残しています。それぞれの結果は学会報告や論文として投稿しています。


内視鏡補助下甲状腺手術(VANS法)の術中所見(a)と、術後頸部の目立たない創部(b)。

喉頭科学(音声・気道)に関する研究

近年の診断・治療機器や技術の進歩を、小児(JOHNS 36, 2020.; 日耳鼻 123, 2020.)から高齢者(耳喉頭頸 92, 2020.)まで様々な音声・気道の障害をもつ患者さんのニーズにあわせて適切に運用し、研究と臨床が一体となった日常診療を心がけています。また、院内の様々な診療科のみならず、国内外の有識者ともと連携体制を築き、診療と研究の充実を図っています。

1)診断

適切な治療選択には、的確な診断が不可欠です。そこで専門外来では、軟性鏡と硬性鏡に、白色光とストロボ光を組み合わせた内視鏡検査を、基本的に全ての患者さんに行っています(今日の耳鼻咽喉科頭頸部外科治療指針 第4版, 2018.; 音声障害診療ガイドライン 2018年版, 2018.)。声帯振動が不規則で声帯振動をスローモーション像として幻視できず、診断に苦慮する場合には、1秒間に10,000コマ撮影可能な、ハイスピードカメラを用いることで(high speed digital imaging, HSDI)診断精度を上げる努力をしています。HSDI画像に関しては、ブラジルのサンパウロ大学の協力を得て、時間軸と声帯遊離縁の位置を示す軸の二次元で声帯振動を可視化する、キモグラムを作成し、解析を行っています。さらに、空気力学的検査・音響分析といった声の検査を、専門外来では嗄声を客観的に評価するための標準検査として行っていますが(EBM耳鼻咽喉科・頭頸部外科の治療2015-2016 第1版, 2015.; JOHNS 29, 2013)、その数は年間1,000件以上を数えます。喉頭・音声を診療するチームとして、これだけの検査を行う臨床検査技師の診断・検査能力も年々高くなっており、極めて正確な声の解析を行うことができる環境がそろっています。声帯部分麻痺に認められる、声帯緊張の左右差など、喉頭内視鏡検査や音声検査では病態が説明できないあるいは確信が持てない所見を認める場合には、喉頭筋電図を用いた生理学的な評価も行っています(耳鼻臨床 113, 2020.; 日気食会報 71, 2020.)(図1)。耳鼻臨床の筋電図の図と説明を入れるまた、発声時の喉頭の三次元的な動きを評価するため、放射線科と協力して、超高精細CTを用いた喉頭疾患の病態の可視化を行い、診療に役立てています(喉頭 32, 2020.; ENTONI 247, 2020.; Eur Arch Otorhinolaryngol 276, 2019.)(図2)



2)治療

治療に関しては、患者数の多い加齢性の音声障害や、声の酷使が本質にある種々の音声障害に対し、リハビリテーション科と協力して音声治療を積極的に行っています(日耳鼻 119, 2016.)。成人発声発語障害領域の認定資格を持つ言語聴覚士は、イリノイ大学とも連携し、科学的にも価値のある良好な成績を上げ、国内外に情報を発信しています(H31杏林大学 地域活動助成費; H29 日本言語聴覚士協会 学術研究助成; 言語聴覚研 16, 2019; 音声言語医 62, 2021.; 音声言語医 59, 2018.)(図3)。外科的治療も、テクノロジーの変化、そして治療対象の高齢化などを踏まえ、外来日帰り手術治療の充実を図っています。対象疾患は、声帯麻痺や声帯萎縮に対する声帯内アテロコラーゲン注射(耳喉頭頸 87, 2015.)、声帯の炎症性病変に対する声帯粘膜上皮下ステロイド注射、喉頭乳頭腫に対するレーザー治療(H29-R1 文部科学省科研費; 耳鼻咽喉・頭頸部手術アトラス[下巻]第2版, 2020.; 日耳鼻 117, 2014.)など多岐にわたり、全国から患者さんをご紹介いただいています。また、音声喉頭疾患として一般的な片側声帯麻痺に対しては、声帯内注射(アテロコラーゲン、カルシウムハイドロキシアパタイトペースト、自家脂肪)、喉頭枠組み手術(甲状軟骨形成術Ⅰ型、披裂軟骨内転術)、神経吻合術など、患者さんの病態に合わせて幅広い選択肢を提示できる体制を整えています(医事新報 5032, 2020.)。音声外科手術として最も一般的といえる喉頭微細手術(耳鼻咽喉科・頭頸部外科 研修ノート改訂第2版, 2016.; JOHNS 35, 2019.; 耳喉頭頸 86, 2014.)に関しては、国内外選りすぐりの鉗子類や喉頭鏡といった医療器機を揃え、両手操作でのマイクロフラップ手技を基本に、丁寧な施術を心がけています。近年は、小児科、小児外科、麻酔科と協力し、小児気道の領域にも力を入れています。世界標準の診断・治療技術を取り入れることで、先進的で有効な成績を上げています(小児耳鼻 41, 2020.; 小児耳 39, 2018.)。


3)その他

解剖学教室と協力して、NVP固定cadaverを用いた臨床研究(日気食会報, in press)や、声帯振動解析モデルの確立に向けた研究を(R2-R4文部科学省科研費; H30-R2 杏林大学医学部 共同研究プロジェクト)、そして呼吸器内科学教室と協力して、慢性咳嗽の理学療法の研究(R1 杏林大学医学部 若手研究助成)を行っています。

鼻科学(鼻・副鼻腔・アレルギー疾患)に関する研究

臨床研究

1.アレルギー性鼻炎は鼻粘膜の I 型アレルギー疾患と定義されます。そのため原因抗原の同定、そして可能な限りの抗原との接触の回避が治療の基本になります。一般的に血清中の抗原特異的 IgE 抗体を検査するが、疑陽性、疑陰性、また交差反応が問題となっております。我々は、疑陽性に対し、花粉や野菜に共通する糖鎖 Cross-reactive Carbohydrate Determinant(CCD)に対する特異的 IgE 抗体の影響を調べています。これまでの結果を学会で報告し、論文化してきました。

2つの複合型植物 N-glycan

2.アレルギー性鼻炎に対して薬剤などを用いた保存的治療に抵抗する難治性鼻汁、くしゃみ症状をもつ患者さんに対して適応を慎重に選んだ後、後鼻神経切断術を施行しています。アレルギー性鼻炎発症の機序は、抗原特異的 IgE 抗体が気道粘膜に分布するマスト細胞や好塩基球上の IgE 受容体に固着することによって感作が成立します。その後、感作陽性者の鼻粘膜に抗原が吸入されると、鼻粘膜上皮細胞を通過した抗原は、鼻粘膜表層に分布する肥満細胞の表面で IgE 抗体と結合し、抗原抗体反応の結果、肥満細胞からヒスタミン、ペプチドロイコトルエンを主とする多くの化学伝達物質が放出されます。


これらの化学伝達物質に対する鼻粘膜の知覚神経終末の反応として、くしゃみ、水溶性鼻汁がみられます。くしゃみにおいては各種化学伝達物質を鼻粘膜上に投与した際に、有意なくしゃみ反射を誘発するのはヒスタミンだけです。抗原誘発時にみられるくしゃみは主に SP(サブスタンスP)、CGRP(calcitonin gene-related peptide:カルシトニン遺伝子関連ペプチド)陽性神経終末のヒスタミン刺激による呼吸反射であり、知覚刺激効果が鼻粘膜過敏性により増幅されたものと考えられています。また、水様性鼻汁も主に SP、CGRP 陽性神経終末に対するヒスタミンの刺激効果が、鼻粘膜過敏症で増幅されて中枢に伝えられ、副交感神経反射により神経終末から遊離されるアセチルコリンが鼻腺に作用した鼻腺由来の分泌物と考えることが出来ます。そこで、感作された鼻粘膜において抗原刺激の際に遊離されるマスト細胞からのヒスタミンと知覚神経終末との相互作用を断ち切るために関与する神経を切断する術式が考案されました。近年我々は、粘膜下下甲介骨切除術を施行する際に下甲介粘膜に進展している後鼻神経をコロラドニードル針を用いて丁寧に一本一本焼灼切断しており治療効果を上げています。

3.以前から歯性副鼻腔炎が特に片側性副鼻腔炎における鑑別疾患として注目されてきました。しかしながら、その詳細について歯科との密な連携が必要なことから解析が不十分なところもあります。我々の教室は耳鼻咽喉科と顎口腔外科が一つの医局の中で運営されているため、連携して詳細な検討を行っています。その結果、歯性副鼻腔炎と片側性副鼻腔炎これまでの報告よりも高い(70%以上)関連があること、両側性の副鼻腔炎にても注意を要することを報告しました。また、近年注目されている、薬剤性顎骨壊死に伴う副鼻腔炎や顔面の瘻孔に関する検討も行い、成果を報告して論文化(計4編)しています。


4.近年、慢性副鼻腔炎の病態が多様化しています。昔ながらの細菌感染が契機または増悪因子である好中球主体の鼻漏を呈する慢性副鼻腔炎(好中球性副鼻腔炎または非好酸球性副鼻腔炎といえる病態)でマクロライド少量長期療法が有効であることが多いものは減少しています。一方で、15年あまり前から血清および副鼻腔粘膜の好酸球増多を呈する慢性副鼻腔炎(好酸球性副鼻腔炎)が増加してきており、またその保存的治療に抵抗性で手術後も再発しやすいという難治性が問題となっています。この疾患における好酸球集蔟の機序、病態はいまだ解明されきれておりません。我々は、好酸球性副鼻腔炎のより効果的な治療を目指し、副鼻腔外来では手術方法の詳細な検討や術前のステロイドの内服、術後の鼻噴霧用ステロイドやロイコトリエン受容体拮抗剤などを用いて長期的な経過観察を行っています。また、近年適応が拡大されてきている分子標的薬を症例を選んで使用し、良い結果が得られて来ています。今後は、治療方法の選択に必要なバイオマーカーの検討などの課題があると考えています。


好酸球性副鼻腔炎ステロイド内服前後の鼻茸組織像
(ステロイドの内服後に組織球中の好酸球がアポトーシスにより減少している)

また真菌が抗原となる I 型もしくは III 型アレルギー性副鼻腔炎である、アレルギー性真菌性副鼻腔炎についてもエビデンスに基づいた治療を行っています。

5.内視鏡下鼻内手術がそのデバイスの向上とともに発展してきています。我々は、最新型のナビゲーションシステムを用いて、鼻副鼻腔・頭蓋底の良性腫瘍から悪性腫瘍まで可能な限り、内視鏡下鼻内アプローチを施行しています。多数の症例を病理組織像と共に論文化して報告しています(Modified Lothrop (Draf III) Procedure, Endoscopic (modified) medial maxillectomy など)。


基礎研究

1.アレルギー性鼻炎の鼻汁、くしゃみ症状に関与する知覚神経に着目していますが、知覚神経関連物質としては、これまでに NGF の発現・関与に関する報告があります。我々は、アトピー性皮膚炎に関連するとされている神経反発因子 Semaphorin 3A の、鼻粘膜での発現とアレルギー性鼻炎症状への関与について検討を行っています。この分子は神経反発因子の名称通り鼻粘膜における知覚神経の上皮側への進展を抑える働きが示唆されています。将来的にはこの分子を用いた創薬に発展することも期待されています。


Semaphorin 3A
(神経反発因子であるSephornin 3Aは、主に上皮と基底細胞に発現している)

2.臨床研究2で述べた、アレルギー性鼻炎症状に関与する神経ペプチドの更なる解明を行っています。本研究では神経ペプチドアレルギー性鼻炎(AR)の病態への関与をARモデルマウスを用いて検討し、新たなるアレルギー性鼻炎の病態の解明とその知見に基づく斬新な治療応用(創薬)への可能性を追究しています。アレルギー性鼻炎(AR)における鼻汁、くしゃみなどの症状発現には鼻粘膜内の知覚神経線維の関与がありますが、ヒスタミンは三叉神経終末のヒスタミン受容体を刺激し、その興奮を三叉神経知覚核に伝え、中枢からの副交感神経反射によって症状が発現します。また、これまでに神経ペプチドが神経伝達物質となり、症状の増悪に関与することも示唆されています。近年、アレルギー炎症の病態の本質である2型炎症の惹起に自然免疫系(ILC2)が重要な働きを持っていることが解明されました。これらの背景により、我々は, ILC2やマスト細胞を介した炎症に関与すると報告されている神経ペプチドである、Neuromedin U(NMU)に注目しました。本研究では4種類の感作の相違のあるARのモデルマウスを用いてNMUのアレルギー性鼻炎の症状発現における病態への関与を検討しています。これまでに我々は鼻粘膜に発現する神経ペプチドであるGastrin releasing peptide(GRP)/gastrin releasing peptide receptor (GRPR)系やGalanin (GAL)/Galanin receptor2 (GAL2R)系が、アレルギー性鼻炎の症状発現に関与し、それぞれのレセプターインヒビターが、アレルギー性鼻炎症状を抑制することを、ARモデルマウスを用いた検討の結果突き止め、報告・論文化してきました。GRPRはマスト細胞に発現を認め、GALR2はB細胞に発現を認めることも突き止めています。NMUにおいても、発現部位、発現細胞の検討を含め、解析を進めていく予定です。


Galanin R2

Gastrin-Releasing peptide R
(Galanin R2およびGastrin-Releasing peptide Rは、主に上皮と腺周囲細胞に発現している)

3.保存的治療に抵抗し、手術後も再発しやすく難治性の好酸球性副鼻腔炎の病態解明、効果的な治療法における基礎的研究も施行しています。この病態は病的粘膜、鼻茸に好酸球が多数浸潤しており、典型例は成人発症の喘息を併発しやすく、また早期に嗅覚障害を生じます。近年主にIL-4, 5, 13がILC2からType2炎症として産生されることがわかってきました。我々は、発症の機序や増悪因子に関し、更なる病態の解明を行っています。

耳科学(聴覚)に関する研究

1. 耳管機能障害の新規評価法、治療法の開発

鼻咽腔―耳管―中耳―内耳機能の相互作用については未解明な点が多い現状にあります。我々は、新規耳管機能検査の開発、耳管機能検査の応用範囲拡大を目指した研究を行なっています。また、耳管機能の分子生物学的な分析に着手することも予定しています。これらの研究を通して、鼻咽腔―耳管―中耳―内耳機能相互作用を分析し、小児から老人にいたるまで幅広い年代の人々を対象に耳機能全般の改善、保持を目指しています。

2. 蝸牛外側壁組織培養と生細胞蛍光イメージングを用いた難聴予防・治療戦略の探索

老人性難聴は認知症や鬱の危険因子とされており、高齢者の健康寿命を著しく損ないます。高齢者の聴覚を良好に保ち、活発な社会活動を維持することは超高齢社会の日本においては国力に関わる重大課題です。本研究は老人性難聴の予防法確立を第一に目指しています。この目的を効率的に達成するため、蝸牛血管条の中間細胞が蛍光ラベルされたマウスを利用しています。このマウスの蝸牛外側壁を組織培養することで、生きたままの中間細胞を明視下に、経時的に観察できるという世界で他に類を見ない実験系を用いている点が、本研究の特徴のひとつです。なお、本研究では、過去に詳細な研究がなされていない中間細胞の"蝸牛防御細胞"としての機能に注目して研究を進めています。たとえ再生医療で聴覚感覚細胞を再生出来たとしても、中間細胞の働きがなければ、結局感覚細胞は生存できません。老人性難聴のみならずその他の感音難聴疾患の予防、治療にも幅広く応用ができ、再生医療を支える知見も得られる研究と考えています。

助成金

2019-2021学術研究助成基金助成金 基盤(C) 研究代表者
2018-2021 学術研究助成基金助成金 基盤(A) 分担研究者

3. 難聴の遺伝子の解析

既知の154の難聴遺伝子に加え、既知の難聴遺伝子では難聴の原因が判明しない場合には次世代シークエンサーによるヒト全遺伝子の解析を行い、難聴原因遺伝子の決定を行なっています。このプロジェクトは、国立病院機構東京医療センター 臨床研究センター聴覚・平衡覚研究部を代表機関とし、40を越える施設との共同研究です。日々新しい知見が得られており、現在も当教室員が本年中の出版を目指して論文執筆中です。

4. 人工知能(AI)を用いて顔面神経麻痺の重症度評価を行うためのソフトウェアの開発

顔面神経麻痺の重症度評価は、一般的には、医師によって安静時の左右差および運動時の左右差を評価することで点数化を行います。しかし、医療者による主観的な評価であるため、評価を行う者により点数のばらつきがあることが知られており、40点満点のスコアリング方法で10点の差がつくことさえあることが知られています。そこで、統一された基準の上で顔面神経麻痺の重症度を判定可能とすることを目的とし、当教室では患者さんの顔面運動の動画と静止画を撮影し、顔面の安静時および動作時の動きの左右差を他覚的に判定するため、Pythonを用いたソフトウェアの開発を行っています。顔面神経麻痺の重症度を評価者の差なく判定できるようになれば、適切に重症度を評価することにより、適切な治療法の選択が可能となることが期待できます。また、治療による効果判定も一定の基準により行うことによって、治療効果の比較において公正な判定が可能となることが期待できると考えています。

5. ウィルス性顔面神経麻痺(Bell麻痺, Hunt症候群, ZSH)に対する新規診断法および治療法の開発と安全性の検討

末梢性顔面神経麻痺の多くは、顔面神経内に潜伏感染したヘルペスウィルスの再活性化によって顔面神経に末梢神経炎が起こることにより発症します。ステロイド剤および抗ウィルス剤によって治療が行われますが、治癒率は70~90%程度であり、完全に治癒しない患者さんが少なくありません。治療の強化のためステロイドの増量が試みられていますが、海外の臨床試験においてステロイドの増量は副作用を増やすだけで、効果は変わらなかったという結果も報告されています。ステロイドの増量がどの程度治癒率を向上させることができるのか、副作用がどの程度起こるのかなどは明らかになっておらず、専門家の間でもどの治療が最適なのかに関しては結論が出ていません。そこで当教室では、予後不良が予測される患者さんに対し、複数の医療機関と連携してステロイドの用量に関する無作為化比較を行っています。本試験ではステロイド高用量投与による治療効果および副作用の発現率を用量ごとに検討を行うことで、今後どのような患者さんにどのような治療が最適なのかを明らかにすることを目的としています。また、患者さんの唾液を用いて、原因となるウィルスを検出することが可能なのかどうかも検討しています。顔面神経麻痺は発症した患者さんの生活の質(QOL)に影響を与える可能性があるため、質問票を用いて生活の質に関しても評価しています。本研究を行うことにより顔面神経麻痺の患者さんへの診断法、治療法が大きく前進し治癒率の改善に寄与できると考えています。

6. 安静時fMRIと構造MRIの聴覚中枢ターゲット解析を用いた人工内耳の予後予測法を確立する研究

高度以上の難聴患者に対して、補聴器または人工内耳医療が行われます。しかしその効果は様々であり、効果を予測する他覚的検査法が確立されていません。本研究では、補聴器または人工内耳候補患者を対象に、構造MRIの聴覚中枢ターゲット解析を行い、補聴器または人工内耳装用効果を推測することを目的としています。聴覚疾患を対象とした脳機能画像検査で、診断や予後判定で臨床応用にいたった解析手法はまだなく、本研究により客観的な診断方法や予後予測方法の確立を目指しています。なお、本研究は国立病院機構東京医療センター 耳鼻咽喉科を代表機関とする多施設共同研究として推進しています。

近年の業績

  1. Masuda M, Morita M, Matsuda T, Nakamura T, Matsumoto J, Miyama Y, Kasakura-Kimura N, Kohno N, Saito K: Risk of Sensorineural Hearing Loss in Patulous Eustachian Tube. Otol Neurotol 42: e521-e529, 2021.
  2. 間藤翔悟, 宮本真, 渡邉格, 茂木麻未, 中川秀樹, 齋藤康一郎: 慢性化した声帯結節に対する音声治療の効果. 音声言語医 62: 140-146, 2021.
  3. 宮本真, 渡邉格, 橋本麻未, 中川秀樹, 齋藤康一郎: 当科における小児気道外来・音声外来を受診した患児の臨床検討. 日耳鼻 123: 1161-1167, 2020.
  4. 佐藤大, 齋藤康一郎: 【ここまできたがん免疫療法】免疫チェックポイント阻害薬を含む標準治療 頭頸部がん. 杏林医会誌 51: 215-219, 2020.
  5. Miyamoto M, Ohara A, Arai T, Koyanagi M, Watanabe I, Nakagawa H, Yokoyama K, Saito K: Three-dimensional imaging of vocalizing larynx by ultra-high-resolution computed tomography. Eur Arch Otorhinolaryngol 276: 3159-3164, 2019.
  6. Maruyama K, Yokoi H, Nagase M, Yoshida H, Noguchi A, Matsumura G, Saito K, Shiokawa Y: Usefulness of N-vinyl-2-pyrrolidone Embalming for Endoscopic Transnasal Skull Base Approach in Cadaver Dissection. Neurol Med Chir (Tokyo) 59: 379-383, 2019.
  7. Yokoi H, Kodama S, Maruyama K, Fujiwara M, Shiokawa Y, Saito K: Endoscopic endonasal resection via a transsphenoidal and transpterygoid approach for sphenoid ridge meningioma extending into the sphenoid sinus: A case report and literature review. Int J Surg Case Rep 60: 115-119, 2019.
  8. Matsumoto Y, Yokoi H, Kimura T, Matsumoto Y, Kawada M, Arae K, Nakae S, Ikeda T, Matsumoto K, Sakurai H, Saito K: Gastrin-Releasing Peptide Is Involved in the Establishment of Allergic Rhinitis in Mice. Laryngoscope 128: E377-E384, 2018.
  9. Kasakura-Kimura N, Masuda M, Mutai H, Masuda S, Morimoto N, Ogahara N, Misawa H, Sakamoto H, Saito K, Matsunaga T. WFS1 and GJB2 mutations in patients with bilateral low-frequency sensorineural hearing loss. Laryngoscope 27: E324-E329, 2017.
  10. Watabe T, Xu M, Watanabe M, Nabekura J, Higuchi T, Hori K, Sato M, Nin F, Hibino H, Ogawa K, Masuda M*, Tanak K*. Time-controllable Nkcc1 knockdown replicates reversible hearing loss in postnatal mice. Sci Rep 7: 13605, 2017.(*Corresponding authors)
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